案内係やーぼのブログ

コンサートホールで案内係をしている著者が、出演者・聴衆・スタッフの思いが響き合う、劇場の魅力と影を語ります。

【断捨離】100kg手放しても、部屋は変わらなかった

 

100kgの断捨離をして思うこと。

私は昨年末から今年の3月末までの4カ月間で、100kgの断捨離をした。

ある仕事から手が離れ、ほぼ休みなく働いていたところから解放されて時間ができたことで、断捨離への熱が再び灯ったのだ。

100kgも断捨離をすれば、家の中はかなり綺麗になったと思われるだろう。
が、しかし……家の中はほぼ何も変わっていない。

どこをどう片付けたのか、本人でさえも「超上級の間違い探し」レベルだ。

理由は、私の断捨離は家中から物を集めて捨てるスタイルなので、分量が多い割に成果が見えにくいのだ。

それでも100kg断捨離したと分かるのは、手放す時に写真を撮り、計量しているからだ。

効率が悪い?
そうですね。

でも、結局これが断捨離を続けるコツになっている。

セオリーでは一カ所を集中的に片付けるほうがいいと言われている。たぶん効果が分かりやすいからだ。
でも、このやり方は私にはあまり向いていないようだ。

断捨離した後に効果が実感できなくて、「あの時間は何の意味も無かった」と投げ出さないように。
成果が見えるように、私は計量という儀式を繰り返した。

例え、ちまちまとした断捨離でもやらなかったら何も変わらないし、継続が大切だから。

計量しながら断捨離するメリットは、キリの良い数字にするために、迷っているものを決断しやすくなることだ。

断捨離をして一番得られた効果は「ノイズ」が減ったことだと思う。

今回は剣道の防具を含め、学生時代の物をかなり手放した。
それと、なまじ価値があるから簡単に捨てられない骨董品のようなものも、ようやく手放せた。

視覚的な変化は感じられないが、どう処分すべきか思考を奪われていたものを手放せたことで、頭の中のノイズが減った。

それと並行して、情報の断捨離も進めた。

ずっと放置していたY!mobileや、解約方法の分からなかったサブスク。
不要な契約書が手元から消えたとき、脳内の霧が晴れるような感覚があった。

結局、いつも以上にリサイクルショップを6軒もハシゴして片づけることになった。
でも、それでよし!

自己満足、非効率?
いいじゃないですか。自分が満足しているのですから。

モチベーションに頼っていたら、こんな大変な作業は絶対にできない。
「感情を無にして」やり続けた。

だからこそ、もう二度とこんな思いをしたくないという気持ちが、今の購買意欲への強い抑止力になっている。

本来、ものというのは人が快適に過ごすことを助けてくれるものだ。
もののために人が生活を犠牲にするのは違う。

母が買ってきた、家のサイズにもデザインにも合わない家具を使い続け、家族がイライラしていた時間は、あまりにももったいなかった。

お店では素敵に見えても、家に持ってきたら違う。
その時すぐに手放せるかどうかが、その後の生活を左右する。

手放さなかったことで生活が悪化し、のちに大切な時間を処分のために費やすことになるのだから。

また、うまくリサイクルできず、処分という道を歩ませてしまった素晴らしい品もあり、そのたびに胸が痛んだ。

だからこそ、

「自分の手に負える範囲で、心地よく、誠実に生きる」

今は、これが一番大切だと思っている。

手放すときにもったいないと思っても、その後で後悔したことは一度もない。
むしろ、100kg分の余白ができたことで、本当に必要なものへの感度が高くなった。

ロボット掃除機もその一つ。
床の汚れや清掃というノイズから解放されたことで、新しい発想や行動力が出てきたように感じる。

まだまだ、断捨離は必要。
でも、とりあえず今回の断捨離はここまで!