案内係やーぼのブログ

コンサートホールで案内係をしている著者が、出演者・聴衆・スタッフの思いが響き合う、劇場の魅力と影を語ります。

【100㎏断捨離】 剣道の防具を手放した話

剣道部の時の防具を手放した話

中高の時に使っていた剣道の防具

昨年の12月から4カ月かけて、100kgの断捨離をしました。

大学を卒業した頃から、細々と続けていた身辺整理。
昨年、ある仕事を辞めたことをきっかけに、断捨離への熱が高まり始動。

3月にずっと部屋の隅で埃をかぶっていた「剣道の防具」を手放しました。

今回はその時の話。

——

私は中学・高校の6年間、剣道部に所属していました。
そして、大会に向けて自分なりに一生懸命取り組んでいました。

けれど、結果は一つも出ませんでした。

理由は、今ならわかります。
「努力の方向性」がわからなかったのです。

その後、私は音楽大学へ進み、合唱指導やハンガリーへの留学を経て、「0を1にする指導」の重要性を学びました。

楽譜の構造を理解すること。
音が外れる原因を分析すること。
そして、正しいアプローチを提示すること。

そうした「導き」がなければ、いくら大声を出しても、クオリティは上がりません。

当時の私には、その導き手がいませんでした。部員たちもやる気がなく…。

顧問の先生は高段者でしたが、私たちに何かを教えようとはしませんでした。
試合に行っても「どうせ初戦敗退だろ」と予定を入れている始末。

また、引退間際には練習をサボってきた部員が昇段試験に受かり、私だけが落ちるという経験もしました。

対人競技なのに、高みを目指せる練習相手もいない。

向上心のない周囲に振り回され、やり方もわからぬまま、闇雲に竹刀を振る日々。

当時の私は、悔しさを通り越して、ノイローゼ気味でした。
ボロボロになりながら、それでも何かをつかもうと、必死にもがいていたのです。

——

久しぶりに防具を干し、面を正面から見据えたとき、私はハッとしました。

面の奥から、あの頃の私が、まっすぐこちらを見ていました。

まっすぐで、一生懸命で、何も分からなくて。
芯は強いのに、環境をどう作ったらよいか分からず、ボロボロになっていた私。

 

「頑張ったね……」「頑張っていたんだね……」

 

思わずそんな言葉が漏れ、
記憶の底に押し殺していた感情が、溢れて涙が止まりませんでした。

——

あの日々は、客観的に見れば
「何も得られなかった、無駄な時間」だったのかもしれません。

何の成果も出せず、支援者もいないまま、
ただ一人で空回りしていた日々…。

でも、あの必死だった私を、今の私だけは否定したくないと思いました。

——

今の私も、あの頃と同じループの中にいる。

正しいやり方を求めてもがいても、
周囲からは「努力するなんておかしい」と言われ、
一人で息切れしながら走り続けている。

防具を手放したからといって、
何かが劇的に変わるわけではない。

ただ、もう帰ってこない時間を待ち続けるような、
あの執着に、静かに別れを告げました。

「あなたは、もう帰ってこない」

その事実を受け入れたとき、
ようやく一つの幕が下りました。