聴覚サポートと字幕ガイド
―来場者が語った、意外な観劇理由―
私が勤務している劇場では、海外からのお客様に向けて、英語・中国語・日本語などによる字幕ガイド機器の貸出を行っています。英語・中国語といった外国語字幕は主にインバウンド観光客の方々に利用され、日本語の字幕は聴覚障害のあるお客様の情報保障の一環としてご案内しています。
最近はその利用が少しずつ増え、字幕をご利用になったお客様とお話する機会も増えてきました。そうした中で、印象的だったのは、観劇の「きっかけ」にまつわるお話でした。
「作品が好きだから」ではなかった
観劇後、字幕をご利用いただいたお客様に感想を伺うと、こんな声をよく耳にします。
「字幕サポート対応だったから選びました。」
もちろん、「とても好きな作品で、楽しみにしていました」とおっしゃる方もいらっしゃいます。そして、多くの場合、とても「楽しめた!」と満足そうに語られて、私も胸が熱くなることがたびたびあります。そのような方々のためにご用意しているものなので、とても嬉しいです。
ただ、実際には字幕に対応している公演が非常に限られており、その中から興味を持てそうなものを選んでいる」というはっきりとは言葉にされない現状も感じ取りました。
セリフが聞こえなければ、物語は届かない
どれほど素晴らしい演劇であっても、セリフが聞き取れなければ物語を理解することは困難が伴います。特に自分が初めて観るものであればなおさら。
それはきっと、私たちがまったく言葉のわからない外国語の舞台を観るようなものに近いのだと思います。
一緒に「楽しむ」ことの価値
また、聴覚障害をお持ちの方が、ご家族やご友人と一緒にご来場される姿を見ていて、あることに気づきました。
作品そのものへの興味はもちろんあると思います。でもそれ以上に、大切な人と同じ空間で同じ作品を観て、感想を共有する時間をつくることが、来場の大きな目的になっているのではないかと感じるのです。
私自身も、家族が元気なころはいろいろな場所に出かけて、同じ体験を楽しめていました。けれど今では、車いすの利用や移動手段の制限がある中で、出かけることをあきらめざるを得ないことも増えました。
「やろうと思えばできる」と言われることもあります。
でも、現実には簡単ではないというのが正直なところです。
舞台の魅力は、作品だけではない
手話通訳付きの公演で、休憩中にお客様同士が手話で楽しそうに会話をされているのを見かけたことがありました。そのとき、ふと思いました。
劇場が提供しているのは、舞台上の芸術だけではなく、人と人とがつながる場でもあるのではないか。
共通の体験を通して、何かを感じ合い、語り合う――そんな時間もまた、劇場の大切な役割の一つだと思うようになりました。
一人ひとりに合った配慮のむずかしさ
「合理的配慮」が法律で求められるようになり、少しずつ環境は変わってきています。
けれど現場では、一人ひとりが必要とする支援が違うため、マニュアル通りの対応では間に合わないことも少なくありません。
最近、「アクセシビリティについて、ぱぱっと教えてよ」と軽く言われたことがありました。そのとき、正直なところ少し戸惑いました。
“ぱぱっと”できることではないのです。
知識や対応力は、日々の積み重ねの中で少しずつ身につけていくものですし、表面的な理解では、かえって支援が届きづらくなることもあります。
字幕ガイドや手話通訳といったサポートを通じて、少しでも多くの方が安心して劇場に足を運び、「また来たい」と思っていただけるように。
現場には、まだまだ課題もありますし、試行錯誤の日々が続いています。
それでも、一つひとつの出会いから学び、よりよい環境づくりを目指していけたらと思っています。
もし、みなさまの職場や劇場での取り組み、観劇体験などがあれば、ぜひ教えてください。