案内係やーぼのブログ

コンサートホールで案内係をしている著者が、出演者・聴衆・スタッフの思いが響き合う、劇場の魅力と影を語ります。

案内係の究極の達成目標について考えてみた

■「必成目標」と「望成目標」

「必成目標」:絶対に達成しなければならないたった一つの目標
「望成目標」:可能であれば達成したい目標

この目標設定は、自衛隊で使われている概念だそうです。私も案内係の目標設定について考えてみました。

■案内係の仕事で最も大切なこと

案内係の仕事で最も大切なことは何だと思いますか?

「快適な鑑賞環境を守ること」「快適な鑑賞体験を提供すること」

と答える方も多いでしょう。それは確かに重要な役割の一つです。私自身、このブログでいかにして快適な鑑賞環境を提供するために工夫をしているかを、これまでたくさん発信してきました。

でも、実はそれは案内係の「望成目標」にすぎません。

つまり、可能であれば達成したい目標であり、何が何でも守らなければならない目標ではないということです。

では、私たち案内係にとっての「必成目標」、絶対に達成しなければならないたった一つの目標とは何でしょうか?


少し、考えてみてください。


私は、お客様の「安全」だと考えています。


来場した方に、安全に過ごしていただき、生きて敷地の外へ送り出すこと。それこそが案内係の究極の目標なのです。

■「安全」「公演の円滑な進行サポート」と「快適な鑑賞環境」「鑑賞体験の提供」は、同じではない


案内係の仕事では、「安全」と「快適な鑑賞環境」や「鑑賞体験の提供」という二つの目標がよく混同されがちです。確かに、この二つは重なる部分もあります。例えば、鑑賞中に安心して座っていられる環境や、スムーズな入退場ができることは、両方に関連します。

しかし、私は、実際には「安全」と「快適な鑑賞環境」や「鑑賞体験の提供」は別のものだと考えています。

「快適な鑑賞環境」や「鑑賞体験の提供」とは、来場者がストレスなく、音楽や演劇を楽しめる空間を提供することを指します。場内が静まり返り、誰もが演目に集中できる環境は理想的です。しかし、それは「望成目標」、つまり可能であれば達成したい目標です。

一方で、来場者の「安全」は案内係にとっての「必成目標」。これは絶対に守らなければならない最低限の条件です。

この違いを理解することで、案内係の役割や判断の意図をより深く知ることができるかもしれません。

■「快適さ」よりも「安全」を優先する理由

「安全」を守るためには、時として「快適さ」や「鑑賞体験」を犠牲にせざるを得ない場合があります。案内係がルールに幅を持たせたり、細やかな配慮をしているのはすべて安全を第一に考えた結果です。

例えば、次のような場面では、安全を優先するために快適な鑑賞環境や鑑賞体験を少し犠牲にする場合があります:

演奏中の退場
通常、演奏中は場内の移動を控えていただきたいですが、体調不良の方を無理に席に留めることはできません。そのため、退場時には静かにご案内することを優先します。

飲食禁止の中の水分補給
館内では飲食が禁止されている場合が多いですが、特に暑い日や長時間の公演では脱水症状を防ぐために、水分補給を黙認することもあります。

列整理やペンライトでの誘導
混雑した場内では列整理や誘導が必要です。時にはペンライトを使うことで視界に入る光が気になるお客様もいらっしゃいますが、転倒を防ぐために使用しています。

遅れ客案内
クラシックのコンサート場合、場内に入場できるタイミングには、制限があります。だからと言って、遅れて来たお客様にダッシュさせたり、エスカレーターを走らせたりしないのは、転倒などによる事故を防ぐため。

■「安全」があって初めて成り立つ、劇場体験

「安全」と「快適な鑑賞環境」や「鑑賞体験の提供」は、どちらも大切な目標です。ただし、どちらか一方を優先しなければならない状況があれば、案内係は迷わず「安全」を選びます。

長くこの仕事を続けていると、劇場の体験そのものが「安全」という基盤の上に成り立っていることを痛感します。どれほど快適な鑑賞環境を提供しても、安全が欠けていれば意味をなしません。それは、劇場での鑑賞が「安心して帰れる」という前提の上に成り立つからです。

鑑賞環境や鑑賞体験が少し損なわれることがあったとしても、安全は妥協できない目標です。もちろん、鑑賞を楽しんでいただきたいですし、そのための努力はしています。場内で音楽が聴けないことに対して残念に思うこともあるでしょう。

しかし、だからといって、危険を冒してまで場内に案内することはできません。

観劇は「安全」があって初めて成り立つエンターテイメントであり、これを守ることが、私たちの使命だと考えているからです。

災害時は、また別の判断が求められるでしょう。しかし、平時の判断は大方どこのホールも同じだと思います。

劇場は多くの人が集う空間だからこそ、小さな判断一つが大きな結果を生むことがあります。列整理、ペンライトでの足元誘導、危険な行為への注意など、一見地味に見える業務一つひとつが、安全を支える大切な要素です。

「お客様に安全を提供し、安心して楽しんでいただいたうえで、生きて敷地の外に送り出す」それが案内係の存在意義であり、目指すべき到達点、つまり究極の目標だというのが、私の持論です。

いかがでしょうか。

みなさんの職業の「究極の目標」についてもぜひ聞かせてください。